2012-01-23

スクール・オブ・ロック DVDで観ました。

時々、何故今まで観なかったのだろう?と真剣に考えてしまう映画に出会う。
観たくなかったわけではなく、逆に心の奥底で気になって気にしていた映画が多い。ただ何となく後回しになってしまったり、別の作品が気になって思い出せなかったり、タイミング悪く些細なすれ違いが続いた結果何年も相見えることないまま放置してきてしまった映画。
そういう映画は、ほぼ例外なくお気に入りの一本に加わるから不思議だ。しかしそういう映画に限って今更感たっぷりで観ることが多いのはどういう了見なのか。謎である。

今回観た映画もその類だった。
スクール・オブ・ロック」、何故今まで観なかったのか。モロにヱイト大好き系なのに。イヤ、それはわかっていた。間違いなく好きだということは、誰よりもよくわかっていた。わかっていたがしかし。
結果的に2012年に初鑑賞となってしまったのだった。



いやー楽しかった面白かった愉快だった!
楽しい、面白い、愉快痛快とは聞いていたが、手を叩いて大喜びするほどだとは聞いてないぞw
わかりやすいストーリー、往年のロックの名曲がズラリ、大人も子供もみんなで楽しめる素晴らしきエンターテインメントだ!ブラボー!である。

主人公・デューイはロックをこの上なく愛するギタリスト。しかし彼のロック愛は周りを辟易させてしまうほど過剰で、余りにも空気が読めないパフォーマンスに嫌気がさしたメンバーからクビを言い渡される。またそのタイミングでルーム・シェアをしている友人ネッドと彼女から家賃の催促をされ困窮したデューイは、ネッド宛にかかってきた私立小学校からの話に飛びつき、ネッドに成りすまして代用教師として働くことに。伝統と厳格さを絵に描いたような学校でうんざり気味の子供たちに、デューイが教えるのは、ロック。ロックしか教えられないとも言う。もちろん学校には内緒。さてさてどうなることやら。ウヒヒ。

きっと誰もが言うだろうが、ジャック・ブラックがとにかく素晴らしい。映画そのものもさることながら彼のためにあるような役柄さながらである。
それもそのはず、この映画の脚本を担当したマイク・ホワイトはジャック・ブラックの友人で、彼のためにこの脚本を書いたとのこと。ジャック・ブラックという人となりを知っていたからこそ書けた部分も大いにあったに違いないと推測するw
一見、彼は余計なことをしがちな暑苦しいアドリブ大王に見える。しかし、しばらく観察していると何という計算高い役者なのだ!ということがわかってくる。そして、照れ屋さんなんだなということがわかってくるともうジャック・ブラックの手中にハマったと言ってもいい。この映画はジャック・ブラックを楽しんでなんぼの世界だと思うので、それでいいw

また、ジャック・ブラックは意外に歌が上手い。意外と言っては失礼かもしれないが、予想以上の美声で驚いた。例えば、LED ZEPPELINの「Immigrant Song」をエンジン全開で歌い上げるシーン(車を運転しながらなので、文字通りであるw)など、うっかり感動してしまうレベル。実際、バンドを組んでアルバムを出していたりもするらしいので、ミュージシャンとしての素養もあるとはいえ、少し儲けたような気持ちになること請け合いである。
LED ZEPPELIN以外にも、THE WHOやDOORS、CREAMやT-REX、THE DARKNESS等、ロックファンならニヤリとするに違いないロックの名曲のオンパレード。ロック小僧はもちろん、ロックを全く知らないという人でもロックの格好よさ(そして少しパロディがかった大袈裟なパフォーマンスw)を感じながら楽しむことができるつくりになっている。しかし、ストーリーや選曲だけではまだ足りない、この万人を取り込み引き込む力が、ジャック・ブラックにはあると感じる。
いちいち面白おかしいので目が離せないのだ。表情が豊かで動きが大袈裟でサービス過剰で予測不能。次に何をしでかすかわからないワクワク感がたまらない。そのワクワクがラストへと上手くつながっていくのがこれまた不思議な感動を生むからたまらない。コレはクセになるぞージャック・ブラック!

最初は不貞腐れ気味だった子供たちも、時間を追うごとに演技以上にジャック・ブラックと一緒で楽しいという感じになっていき、最後は全身でロックを楽しんでいた。素晴らしいことであるw
もうひとつ、エンディングもいい。クレジット・タイトルも見逃すな!である。また観たいw

最初から最後まで大いに笑い、笑ってるのに何だか泣いちゃうみたいな不思議な映画だ。そんな予感はしていたが、やはり思いっきり気に入ってしまったので、購入を検討しようと思う。何度でも観たいエンターテインメントってステキだ。せっかくだからBlu-ray出るといいな。




そんなわけで、新年も気持ちも新たによろしくお願いいたします(・∀・)
今年はこちらでももう少しコソコソボソボソ書けたらいいなぁと思っています。
posted by 神無月ヱイト at 16:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | DVD/ビデオ

2011-08-28

ベニスに死す レンタルDVDで観ました。

時々入るスイッチのひとつに、「美少年スイッチ」がある。
ヱイトの「美少女スイッチ」というのは滅多なことでは起動しないが、気紛れにある日突然ひょんなきっかけでバチコーンと入る。
今回も唐突にスイッチが入り、美少年が観たい!観たいのだ!と我ながら騒がしく落ち着かないので、「美少年」で検索をかけてヒットしたものを取り急ぎTSUTAYA DISCASの予約リストに入れておいた。
その後もしばらく「美少年スイッチ」は入りっぱなしだったが、ピークを超えて少し落ち着いた頃に「ベニスに死す」が送られてきて拍子抜けした。1位予約をしたわけではなかったのでまさかこのタイミングで送られてくるとは思っていなかったからだ。
まぁいい、まだ「美少年スイッチ」は有効だ。スイッチ入っている間に「ベニスに死す」を観よう。



美しいとは聞いていたが、まさかここまで美しいとは思っていなかった。
静止画も美しいが、動いても優雅で華麗、美しすぎるビョルン・アンドレセンにボーゼン。
何ぞこの妖しい美しさは!妖艶すぎる!

おっさんが戸惑って焦ってやがて理性を失うのも頷ける。コレは確かにうろたえる。
美しすぎて目が吸いつけられる。目が離せない。
そういうシーンが幾度となくあったが、演技だけではないかもしれないと思ったものだ。

何という絵になる美少年なのだろう。まさしく少女漫画の世界を身にまとっている。彼の後ろに華麗に咲き誇るバラやユリが芳しい香りと共に目に見えるようだ。金髪碧眼、透き通るような輝く肌、ほんのり桜色に染まる頬、きゅっと引き締められた薔薇色の唇。ああ神様、夢なら覚めないでと祈りたくなるような儚げなビジュアルである。うっとり。
キラキラ眩しい笑顔で砂浜を転げまわるシーンなどを観る限り、ああコレは見た目は儚げだけど実際は健康的で元気一杯の少年から青年に変化するあの中性的な時期なのだなと頭では理解するものの、時にドキッとするような流し目を送ってくる仕草など、思わず生唾ゴクリ。何かを憂うかのような遠い目をした表情で柱に寄りかかる様などクラッと目眩を覚えるようだ。

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この彼の美しさに目を奪われ心ここにあらずになりがちだが、映画本編もよくできている。
少ない台詞、全体的に漂う退廃的な雰囲気。
ベニスの街は美しいけれども、来る者拒まず去るもの追わずといった空気をまとっていて、水の都らしく湿っぽい感じもよく表されている。同時に諦観にも似た気だるさが常につきまとっていて、それが美と共にある自然の条理なのかとさえ思えてくるから不思議だ。

ビョルン・アンドレセンの美しさに心奪われながらもストーリーは淡々と進む。圧倒的な美しさ故、ストーリーが頭に入ってこないこともままあるが、悲劇的なラストに向かってじわじわ来る流れは秀逸。これはまたいろいろな意味で忘れられない一本になった。

レンタルで観たが…ビョルン・アンドレセン観たさに買ってしまうかもしれない。危険w
posted by 神無月ヱイト at 14:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | DVD/ビデオ

2011-07-31

銀の匙-Silver Spoon-第一巻、読みました。

読んだことないので内容は知らないけれど、気が付いたら終わってた鋼の錬金術師、略してハガレン。
終わっていたことを知ったのは、新作の連載が単行本になっていたからだった。
ついでに、作者が女性だったことを知って目を白黒させたものだ。



舞台が農業高校と聞いて、ピクリと反応した。
また作者が農業高校出身と聞いて、ピクピク反応した。
さらに酪農と畑作農業が家業と聞いて、ドキドキした。

何というストレートなわかりやすさ!
表紙に牛がいる!という時点で、落ちたw

しかし、発売日当日に買いに行けず、数日経って本屋さんに行ったら売っておらず(売り切れだったと思われる)、他の本屋さんに行く気力などなく、数日経っては本屋さんに行くことを繰り返すこと約2週間。
ようやく発見(最後の1冊だったw)して買って帰って読んだ。読んだよ。

あああああああああああああああ楽しかったあああああああああああああああ

こういうお話、好きだ。
主人公の八軒勇吾は、今のところ動物好きではないが、動物に好かれる体質だと観た(キラーン)
あるいは、動物にからかわれるタイプ、あるいは、動物にバカにされ、挑まれるタイプ。
つまり、常に人と動物の間に主人公はいる。
その中でものすごくたくさんのことを、体で学ぶ。
こういうお話、大好きだ。

途中、コブタさんがワラワラ出てくるシーンがあった。
八軒はそのかわいらしさにズキューン!とやられてしまうのだが、端っこでお乳をちゅうちゅうするちっさい子に心奪われる。
コブタは生まれてすぐ乳を奪い合うという生存競争レースに投げ出され、勝者はよく出るお乳にありつけるが、敗者はよく出るお乳に比べて出が悪いお乳にむしゃぶりつくしかなく、結果的に体格差が出てしまう。

ヱイトは想像した。
4月生まれの子と3月生まれの子が同じ学年って差がありすぎだと思うの。
コブタの世界も然り。

八軒は、8匹目のちっさい子に心奪われて、うっかり名前をつけそうになる。
ハチローとかエイトとか…ハチだけに。
まさか、そんなところで自分のハンドルネームを見出すとは思っていなかっただけに、ズキューン!とやられたw

農業高校にいる動物たちは、人と共にあり、人のためにある。
そのあたり、いろいろと身につまされる。
いただきますとごちそうさまのアレだ。
そうか、アレか…

(気を取り直して)
ヱイトは、動物と共にある物語が好きだ。
漫画だと、それがわかりやすい。
第一巻は、春の巻。
第二巻は、夏の巻になるみたい。
新作漫画を買ったの久しぶりだったのでドキドキしたけれど、続きが楽しみ。超楽しみ。
posted by 神無月ヱイト at 23:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | 和書

2011-06-29

真珠の耳飾りの少女 DVDで観ました。

観た人曰く、エロスだという。
濡れ場があるわけでもないのに、色濃く漂うエロスに思わずゴクリとなるという。
だからというわけじゃないが、一度きちんと観たいと思っていた映画「真珠の耳飾りの少女」をようやく観た。
本当にゴクリと生唾を飲み込むかのような官能的な映像の連続だった。



色がとにかくすごかった。
ものすごくたくさんの素晴らしい絵画を連続で観た、という感じになる映画だった。
シーンのひとつひとつが切り取られた絵のように静かに佇むようにそこにあり、寡黙にもかかわらず強烈に訴えかけてきた。
画家であるフェルメールは実在した人物で、その作品は現代にも受け継がれている。この映画は彼の代表作のひとつでもある「真珠の耳飾りの少女」からインスピレーションを受けたアメリカの作家、トレイシー・シュヴァリエが書いたフィクションを映像化したものとのことだが、知らなければ実話だと勘違いしていたに違いない。それぐらいにリアルに迫ってくる作品だ。
言葉はなくても伝わってくるものがある。静かな息遣いや何気ない視線など、何でもないものから伝わってくる情感が実にリアル。生々しすぎて息を詰めてしまうほどだ。
干したてのシーツのような、お日様たっぷりの清潔な香りが漂う一方で、秘めたる思いから匂い立つ匂いが重なっていくのが目に見えるようで、そのひとつひとつの挙動がまるで一枚の絵のようで、目が離せなくなった。

これはやはり、フェルメールを演じたコリン・ファースと、真珠の耳飾りの少女のモデルとなった使用人の少女を演じたスカーレット・ヨハンソンの存在が大きい。大きすぎる。彼らなくしてこの映画はあり得ないほどに。

コリン・ファース演じるフェルメールの、神経質で繊細で寡黙な中に熱いものを秘めた、いかにも絵描き然とした風貌、ギリギリで押し留めたような立ち居振る舞いの中にフッとやってくる迷い、妄想、何とも言えぬ間が彼の輪郭を一瞬滲ませるようにも見える。それは、スカーレット・ヨハンソン演じるグリートの汚れなき美しさが成せる甘い罠。本人は全く無自覚で純真そのものだから逆に罪深い。
彼らの間には絵がある。絵描きと被写体、ただそれだけの関係なのに何でこんなにエロイのだろう。絵に魅せられ、絵を描く本人に魅せられ、絵描きは被写体に魅せられる。人と絵と人の間に何が起こるのだ。何のめぐり合わせだ。何の因果だ。何の化学反応だ。何故に見詰め合うだけで、手が触れるか触れないかの距離を見せられるだけでゾクッとするほどに官能的なのだ。もはや永遠の謎である。

この映画を監督したピーター・ウェバー監督は、この作品が長編映画デビューだそうだ。とてもそうは思えぬ繊細な(細かすぎるとも言える)演出が本当にすばらしい。ひとつひとつのシーンが、本当に絵画を見ているようで、余りの美しさに目を見張るほどだ。

このエロス、ゼヒ体感すべき。そしてコリン・ファースとスカーレット・ヨハンソンの不思議な関係に感応すべし。
posted by 神無月ヱイト at 13:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | DVD/ビデオ

2011-06-21

プラネタリウムのふたご 読みました。

いしいしんじさんの「プラネタリウムのふたご」を読みました。読みながら「ホテル・ニューハンプシャー」を思い出したのはクマのせいでしょうか。そしてアメリカの作家、ポール・ギャリコを思い出しました。いしいしんじさんの本を読んでいると毎回ではないにせよポール・ギャリコの作品を思い出します。きっといしいしんじさんも彼の作品をたくさん読んで感化された部分が少なくないのだろうなと想像します。



「プラネタリウムのふたご」は生まれつき銀髪のふたごが主人公の、大変美しく大変悲しいお話です。プラネタリウムに捨てられプラネタリウムで星と共に生きる泣き男に拾われて育ったふたごは、テッペルとテンペルと名付けられ、二人で一人のような少年時代を過ごします。ある日街を訪れたテオ一座のマジックに魅せられて毎日通い詰めます。テオ一座との出会いがきっかけで、ふたごは離ればなれになってしまうのですが、離ればなれになってもお互いを感じながら二人は自分の生きる道をごく自然に見出していきます。
やがてテッペルはプラネタリウムの語り部に、テンペルはテオ一座でマジシャンとして活躍するようになります。全く違う道を歩みながら、二人は常にどこかでつながっています。ふたごの不思議というアレでしょうか。

いしいしんじさんの本はたくさん読みましたが、その中でもこの物語はいろいろなものの臭いを感じました。色はプラネタリウムや劇場を想像するせいかほとんど闇で、季節はわかってもその描写が少ないせいか温度もあまり気にせず、音も深く染み入る声は想像できてもそれ以上の音は耳の奥で勝手に鳴り出したりもしなかったのに、どういうワケか臭いは常にある感じがしました。
特に、クマのパイプの臭い。
きっとこのクマのパイプはいろんな臭いがするんだろうなと思ったらむせるようでした。時々くしゃみが出ちゃうほどに。でも、どんなにヒドイ臭いでも、このクマのパイプに抱かれて眠ってみたいとちょっと思いました。そんなことを思ってしまうほどに、このクマのパイプがヱイトは好きです。
主要人物は多くありません。なのにたくさんの人の思いが交差してたくさんの人の息づかいが感じられました。ひとつひとつの声は小さいかもしれないけれど、信念を持って発する言葉には力と温度と熱がこもるのだな、そんなことを思いながら読み進めました。
後半、イヤな予感がしてならず、どんどんその予感が当たっていくようでとても悲しくて、それだけはやめてくれと思った悲しい展開が待ち受けていましたが、それでも結末まで涙を堪えながら読んで、この結末のためにはそうするしかなかったんだなと思いました。電車の中で読んでいなかったら、多分号泣したであろうそのシーンは、忘れられないシーンの1ページに加わりました。

人は死なない。水になる。
なるほどなぁ、そうかもしれないなぁ。

ヱイトも生きている間に、そういうやさしい嘘をついて死んで行けたらいいなぁと思いました。そういうのがきっと生きた証になるのかもしれないなぁ。そう思いました。




随分歌ってませんでした。自分でもビックリしました。
言い訳になりますが、文章はたくさん書いていました。でも公開してません。
どうして公開しないのだろうと思いながら、1年9ヶ月…何やってたんでしょうか。
表に比べてこちらはマイペースにもほどがあるぐらいダメダメになってしまって久しいですが、やっぱり表に書くにはうざったい暑苦しいどーでもいいネタはうんじゃりあるので、「プラネタリウムのふたご」でとてもツライ感動をしてしまったことをきっかけに、ひっそり復活させてみました。
定期的に書ければいいなぁと思っていますが、さてどうなることやら。
…まぁ、テキトーにw
posted by 神無月ヱイト at 22:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | 和書

2009-10-11

ホリデイ 観ました。

時々、観たくなる俳優がいる。
時々、いてもたってもいられない程に恋しくなる俳優がいる。
そういう俳優は、今思えばあんまりいない。
あんまりいないが、時々いるのだ、そういう奇妙な俳優が。
ジュード・ロウはその「時々無性に観たくなる」俳優の一人だ。
どうってことない人だ、と、毎回観る度に思っちゃうのに、何でだろう。
今回もまた衝動的にジュード・ロウが観たくなって観た。「ホリデイ」、ジュード・ロウとは全然関係ないところで泣いたw



例えばアイリス(=ケイト・ウィンスレット)が老人の手を握り共に歩き共に前進する展開とか、両親の離婚以来泣きたくても泣けなかったアマンダ(=キャメロン・デイァス)がグラハム(=ジュード・ロウ)を残して去る時に悲しくて悲しくて泣いたとか、その他見落としがちな細かなシーンでうるっと来てしまって何で泣いてんだ!と一人で盛大にツッコミ入れながら、泣き笑った。
この映画を観た人が「マスクマンのシーンがイイ!」としきりに言っていたそのシーンを観て、確かにこれは秀逸だ!と思い、笑った。いつも軽薄な役が多い(という印象の)ジュード・ロウが好青年を演じていたからオカシイ。イヤーンカッコイイとか思っちゃうヱイトも十分オカシイ。
そして観た人の誰もが言うように、恋がしたくなる映画であることは否定できない。恋ってスバラシイ!と手放しで思ってしまう。そしてものすごーくうらやましくなる。いいなーいいなーいいなー恋っていいなーと、無条件で思わせられる。
監督・脚本はナンシー・メイヤーズ、繊細な演出は女性ならではという気がした。実に細かなところでその感性が生かされている。もしかしたら男性は気付かないようなものもあったかもしれないとさえ思う。実に素敵だった。
大好きな映画がまたひとつ増えた。とても嬉しい。
posted by 神無月ヱイト at 08:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | DVD/ビデオ

2009-09-11

One Of A Kind どうやら聴きまくってます。

全然うたってない…(汗)
時間はあるのに余裕がないとかサイアクじゃないの…(汗)
だから酒ってイヤさ…(あ、この人酒のせいにしましたよ…w)

というわけで、裏(=うた)ではお久しぶりでーす!
ヱイトはあっち(=表)で元気でーす!

さて何をうたおうか…としばし考えて、今B.G.M.に流れてるこれでいいじゃん?と思ったのでキリング・タッチの「ワン・オヴ・ア・カインド」をひとつ。
あっち(=表)でちょっと書いたけど、これはちょっと書いておいた方が…書けるのか?という疑問は無視。

ワン・オヴ・ア・カインド
アーチスト: キリング・タッチ
発売日: 2009/05/20
おすすめ度 4.5


相変わらずものすっごい高いっっっっっっ!
もうここまで出ちゃったらその上はないだろう、ないないあるわけない…と思わせておいてさらにぴょーんと上を行くから恐ろしい。ミケーレ・ルッピ、恐るべし。
早い。ギターもドラムも何もかもが。早いのにそのスピードを感じさせない。
何だ、これは。
ジャンルで分けるとメタル系(細かいことは答えられないので聞かないでプリーズ)(しかもイタリアンさっぱりワカランし)になるのだろうが…秘められた思いが詰まったストーリーを感じるのだった。

そういえばライナーノーツに「スティーヴン・キングの『デッド・ゾーン』に誘発されてつくった」とあったことを思い出す。そうか、ストーリーはもともとあったんだ。
しかし…ミケーレ・ルッピの、早口なのにまくし立てない流麗な歌い方には、戸惑いさえ覚える。焦らない。とても落ち着いている。無理はしているのかもしれないが全然辛くない。
しかも高いw何だコレはwww

これも個性なのかな?と思った。
だとしたら大したもんだ!
スゲーよ、ミケーレ・ルッピ!!!!!

演奏陣もスゴイ、らしい。
本国イタリアではプロで音楽学校の先生やってまーす!みたいな人たち(見た目で判断しちゃイケナイ典型=お幾つなのでしょうか…w)だそうだw

もう何て言うか、ウヒョー!とかウキョー!とか言葉にならない言葉が上手く出ないまま気が付けば終わってる。そういうアルバムだ。時々単調に感じるが、ミケーレ・ルッピの高音がそれを全部拭い取る感じ。しかも乱暴じゃない。蹴散らす感じは皆無。無理矢理例えるなら…丁寧に窓を拭いてピカピカにして去っていく感じ。隅っこに拭き残しを見つけて、ハーって息吹いて拭いてニコリと笑って、ガラス越しに手を振られる感じ。思わず手を振り返してしまう感じ。

そこはお日様の光が燦々と降り注ぐ丘、とてもキレイで素敵な樹が枝葉を広げており、その樹を中心に小鳥がピチパチ、花が咲き乱れ虫たちが歓びの羽音を上げる、生命力に充ち満ちすぎて、ナニソレコワイ…状態なのだった。
キラキラしすぎているのである。
メタルなのに!

そういうのからパワーもらってる時点でどうかと思う…
ヱイト、そういうの、とても苦手…

しかし、何度も聴いてしまうのだった。
そのうち飽きるだろーと思いつつ、何度も何度も聴いてしまっている。
ミケーレ・ルッピはもしかしたらクセになるタイプのボーカリストなのかもしれない。
恐ろしや、恐ろしや。

結論。ヱイトはやっぱりあり得ない程の高音が好き(らしい)w


posted by 神無月ヱイト at 23:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | ミュージック

2009-08-11

ボーンコレクター 今更感に充ち満ちながら読みました。

ジェフリー・ディーヴァー。
昔々から気になっていた作家。
短編はいくつか読んだ。
そこにも四肢麻痺科学捜査官リンカーン・ライムはいた。
しかし短編では彼の凄さは伝わって来ず。
むしろ何となくムカツクヤツという印象しか抱けず。結果、何年もの間、何というもったいないことをしたのだ!と今更悔やまれた。
リンカーン・ライムを世に知らしめた「ボーンコレクター」、非常に面白く(内容が内容だけに表現的には間違っていると思うが)ワクワクしながら読んだ。久しぶりに感じるドキドキだった!

ボーン・コレクター〈上〉 (文春文庫)ボーン・コレクター〈下〉 (文春文庫)

左:ボーン・コレクター〈上〉 (文春文庫)
右:ボーン・コレクター〈下〉 (文春文庫)

捜査中の不幸な事故で首から下のほぼ全身が麻痺してしまい、引退を余儀なくされた科学捜査官リンカーン・ライムは、介護人トムの世話を受けながら寝たきりで過ごす。要介護者特有と言えるかもしれないワガママな困ったちゃんの上に健常者の頃から持ち合わせているらしき頑固者という要素が加わり、本当にいけ好かないヤツなのだが、読み進めるうちにこのおっさんがやたら頭のキレる頭脳明晰なハンサムマンで、それとは関係ないが全く素直でない→照れ屋→シャイな恥ずかしがりやさん♪であることがわかってくる。こうなると女性陣のウケがよくなるのはどういうわけだと思いながらさらに読み進めると、不思議なことにこのおっさんカワイイ…と思えてくる。最初に受けた「何となくムカツクヤツ」という印象が、この小説を読むことで「何となくカワイイおっさん」に変化したのは何よりだ。

寝たきりのライムであるが、過去の功績は絶大であることもあって、ある日突然凶悪事件の捜査責任者に任命される。この犯人が起こす犯罪が警察に対して挑発的であるだけでなく、無慈悲というには余りにも惨忍で非道な行いを繰り返すので、途中でうげーとなることもままあったが、この物語はこの犯人“ボーンコレクター”あってこそなのかもしれないと思ったり。もちろんリンカーン・ライムあってこそには違いないが、頭脳戦ではほぼ拮抗したようにも思う。そして忘れちゃならないヒロイン、アメリアの存在も大きい。彼女とライムの関係も最初こそ反発しあっていたものの読み進めるうちに穏やかになっていって、とてもホッとしたものだ。

複雑な人間関係、彼らの過去と現在が入り混じっている間に次々と事件は起こる。意外性のある犯人というオチも加わって、物語の構成そして進行は申し分ないどころか、思わず唸ってしまうほどの素晴らしい出来。すごいぞジェフリー・ディヴァー!

というわけで今の今まで読んでいなかったシリーズだが、続きが読めるという喜びに打ち震えているところ。このシリーズが続々と読める時点でとても嬉しい。読みたい本があるって本当に素晴らしい!あぁ幸せ…
posted by 神無月ヱイト at 18:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | 和書

2009-07-29

トランスフォーマー リベンジ 映画館で観ました、小説読みました。

2007年暮れにDVDが出て、1人バカみたいにものすっごいハマった結果、2009年夏までに「何度目だトランスフォーマー!」と言わずにはいられないほど観まくった「トランスフォーマー」。TF2は映画館で観なくちゃダメだ!と決意して迎えた2009年、待ちに待った2009年夏!それ行けトランスフォーマー!と喜び勇んで観に行って来た。感想。いやー…超楽しかった…(・∀・)

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冒頭から目をひん剥くような映像満載。ぬ?オートボットたちがアメリカ軍と行動を共にしている?何だ?この汚いアイスクリーム車両は。とかブツブツ考えている間に上海がぶっ壊れていく。何なんだこりゃーっ!と呆気に取られていると、予告編で既に度肝を抜かれていたデモリッシャーがどっかーん!と高速道路を突き破ってこっちに向かってきた!キャー!←大喜びw

場面変わってウィトウィッキー家。今回もママはぶっ飛んでいる。素晴らしいぶっ飛び方だ。抱きしめてあげたいほど。パパも本当にカワイイ。しかしカワイイだけじゃないからステキ。後半、人質に取られたパパが息子と再会して一緒に逃げようとするシーンで息子を愛する余りに「お前は俺の息子だ!」と叫ぶシーンがあるが、そこでヱイトはグッときた。一家の長として、一人息子の父としての威厳と包容力がその一言に詰っていたなぁうぅ…としみじみしたものだ。

ところで肝心のサム、相変わらずマイペースなのだが、いきなり男っぽくなっていてちょっとビビッタ。同時にミカエラがあり得ないぐらいエロっぽくなっていてどうやっても釣り合わないだろ!と一人ツッコミ。ミカエラと電話中に見つけたキューブの欠片のおかげでウィットウィッキー宅が一時大変なことになるのだが、そこが映画館じゃなかったらバカ笑いしていたに違いないと思われるトンチキ騒ぎの中で、バンブルビーが一生懸命でまた大笑いだった。アンタはサムのわんこか!といいたくなるほど(尻尾はないが)尻尾ブンブンである。大学に連れて行けないと告げられたバンブルビーの反応に萌え死ぬかと思ったほど。もう本当にサムが好きで好きで大好きでどうしよう状態のバンブルビー萌え。

さぁ大学生活の始まり始まり…とすんなり行くはずもなく、死んでヒトデまみれになって沈んでたはずのメガトロンが復活しスタースクリームを従えてとっ捕まえに来た挙げ句体中弄繰り回されるサム、それを蹴散らすオプティマスのかっこいいことかっこいいこと。惚れ惚れして口開けて観ていたが…あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ(ピーブー音の代わりw)

マヌケなウィリーをネズミ捕りに助けられてとっ捕まえたミカエラと共に、サムのルームメイトのITオタク・レオを図らずも巻き込み、道が断たれて頼ったヤツが寄りによってシモンズ元捜査官。登場時点で既に笑える。職を失って腹を立てている時点で笑える。サムの話に小鼻を膨らませてこれまで密かに集めた情報を開帳して大威張りする時点で笑える。いい年した大人なのに何をそんなにムキになっているのかw
しかし彼の活躍なくしてこの映画は語れない。タイトルにもなっている「リベンジ」とはディセプコンのそれであると同時にシモンズの復讐劇なのか!と見て取ることも可能だからだ。頼りがいはないが役立つ情報を持っている時点で彼は強い。老兵ジェットファイアーに辿り着けたのも彼のおかげである。
このジェットファイアーがなかなかステキだ。老人らしくあちこちガタがきてはいるものの矍鑠としていてそつがない。頑固爺だがそこが逆に何とも愛らしい。そして何よりすべてにおいて覚悟ができている。耄碌はしても誇りは忘れない、そこがとてもカッコイイ。最後の最後で感動的にカッコイイ。そして中盤ほとんど寝てすごしていたはずのオプティマスが彼の意志を継いだ時の格好よさといったらもう!痺れたぞ!

あまり書いてしまうとネタバレになりかねないので(もう既にバラしてしまった感もあるがw)、今日はこれぐらいにしておいてやる!というところだが、今回もツッコミどころ満載の無理矢理ストーリーである。
シモネタも健在、どうしてそこでそうなっちゃうのさ!と指差して大笑いしちゃうシーンの連続の中、計40体ものジャキジャキが出演しているとの話だが、そんなの数えている暇などない。目の前の出来事を信じられない思いで観ているうちに話がどんどん進行してしまうということもあるが、映像の物凄さがすべてを食ってしまっているのだ。逆に言えばストーリーの複雑さや矛盾点を物凄い映像で補って補完してしまったということになるかもしれない。とはいえ、ちゃんと次につながる流れになっていたので俄然次作が楽しみになったことは言うまでもない。待ちきれない思いもあるが、まずはDVD、早く出ろ!出してくれ!である。

映画を観てから小説を借りて読んだ。



展開の速さについていけなかった部分を小説で補完できたのは何より。また、読みながらいろいろと思い出してしまって吹き出しそうになったシーンもたくさんあって、ちゃんと楽しめた。戦闘シーンが映画に比べて薄っぺらく思えてしまうのは(あの映像を見てしまった後では特に)仕方がないとも思うが、それでも脳内でシーンを再現しながら読めたのは楽しかった。
映画でワクワク、小説でワクワク。
こんなオイシイ映画、何度も観ずにいられるか!
早く出ろ出ろDVD!楽しみだぞ!

【オマケ】
公式サイトにあったブログパーツ。
ナンチャッテ!がトランスフォームするよ!(・∀・)


posted by 神無月ヱイト at 19:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | DVD/ビデオ

2009-07-17

1Q84 読みました。

社会現象まで巻き起こしちゃってどうなのよ?と斜に構えながら、ようやく読み終えた「1Q84 BOOK 1」と「1Q84 BOOK 2」、10日ぐらいかかってしまった。読みにくいというわけではないし難解ということでもない、にもかかわらず10日。そして終わりは尻切れトンボ。BOOK1、BOOK2、としているあたり続きがある臭プンプンである。あるのかないのかわからないが。続きは読者に委ねられたのかもしれないが。どーにもしこりが残るエンディングである。

1Q84 BOOK 1
村上春樹


1Q84 BOOK 2
村上春樹


世論に反発してできるだけ寝かせて忘れられるぐらいになってから読むつもりが、周りが「青豆がどーのこーの」「天吾があーだこーだ」余りにもうるさくて1ヵ月で根負けし読み始めたら、BOOK1の終盤で盛大にネタバレされてしまって、それがどれだけ重要なネタバレだったのかを知るにつけ、何というネタをバラしてくれたんだろうとフツフツ悶々してしまったので、ネタバレはしないように書きたいが、ネタバレしないように書くとなると、この小説、結構大変だ。
思うにこの小説は「空気さなぎ」というファンタジーなお話があり(おそらくこの「空気さなぎ」の物語から創作し始めたのだろうと想像)、そこから派生する1Q84年があり、そこに生きる人たちのドラマが交錯する物語、ということになるのだと思うが、相変わらず謎が多い(いつもどおり)。冒頭で抱く疑問は読み進めるうちに徐々に解明されていくが、サスペンスタッチな前半に比べて後半はその回答に終始している割には答えになっておらず、消化不良な印象が残る。まるで乗っていた飛行機がやむを得ずどこか見知らぬところへ不時着したかのような、落ち着かなくて不安な気持ちになるのだ。
人と人の生が交差し近づいては離れ遠ざかっては接近しを繰り返すことは、人々が気付いていないだけの人生の一端なのかもしれないが、その意味など肝心なところについては言及しないところなどあまりにも村上春樹すぎてちょっと笑ってしまった。例えば村上龍のようにしつこすぎるのもどうかと思うが、あのうざったいほどの執拗さが好きなヱイトにはやはり春樹節はどーもいけ好かない。とても美しい日本語にほぅっとなっている間にうっかりだまされているような気さえしてくる。きれいにまとめればいいってもんじゃないんじゃ!と憎まれ口のひとつふたつでも叩きたくなる。それはつまり理路整然と理論を並べられて太刀打ちできなくなる図なのだが。嗚呼いと悔し。
つまらないとは思わないし、いかにも村上春樹然とした小説らしい小説で、よくできたストーリーだと思う。しかし特別楽しくもなく何よりもワクワクしないのはなぜだろうと思う。早く続きが読みたい!と貪るように読む本ではない。そう思った時、やはり相性ってあるんだなぁとつくづく思うのだ。ストーリーはとても優れていてよくできた物語なのに着地点は人それぞれバラバラ、そういう意図で書かれた物語なのだろうとは思うがどうにも落ち着かない。青豆はどうなった!?とか、天吾はどうした!?とか、ふかえりとリトルピープルの関係はどうなった!?とか、言いたいこと山積み状態のまま迎えるエンディング、きっとその続きは読者の想像力に委ねられるのだがしかし…と何とも腑に落ちないのだった。
村上春樹のそこが好きという読者も少なくないとは思う。しかしヱイトは「あぁまたか…」と思ってしまった。読後、スッキリ爽快!というオチを期待する方が間違ってるのかもしれないし、それがわかっているからこそ期待はしていないハズなのだが…うーんうーんうーん…
「1Q84」というタイトルにもさまざまな憶測が飛び交う。そのセンスはサスガだと思う。きっとそれが村上春樹なのだろう。
今回もまた、読書中に世界を共有した何か得体の知れないものがぬるりと抜け出し、手の中にその感触だけがいつまでも残る作品だった。人はそれを「余韻」と呼ぶのだろう。ヱイトにとってそれは余韻と美化する種類のものではないことだけは確かだ。
posted by 神無月ヱイト at 16:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | 和書

2009-06-03

1/2の埋葬 読みました。

うわ…全然うたってなかった…
という事実に今更気付いた6月です。いやはや。
仕事は全然忙しくないんですけどね、その代わり比重がプライベート寄りになっていてもはや“好きなことしかしない”状態に成り果てているので、そっちに時間取られすぎですね、いやはや。
文章を書くのもプライベートには違いなく、好きなことのひとつですが、音楽を聴く、映画を観る、ゲームをする等という娯楽とはちょっと一線を画するというか…一番考えなければいけない(というか考えないと書けない)ことなので一番時間がかかるという意味でスルーしがちでした、いけませんねこんなことでは。いやはや。
というわけで、「1/2の埋葬(上)(下)」一気読みしたのでご報告。感想。イギリスのブラックジョーク、ブラック過ぎて命がけ!w





イギリスには「Stag Night(スタグナイト)」という慣習があるそうで。直訳すると牡鹿の夜ですが、意味がわかりませんw
「スタグナイト」とは結婚前の男性が友達とワイワイ独身時代を謳歌するパーティのことだとか。それはもう何でもアリで、ふざけ放題やりたい放題イタズラし放題のどんちゃん騒ぎが通例で、大概週末お泊りで大騒ぎするのだそう。ちなみに女性の場合は「Hen Night(ヘンナイト)」雌鳥の夜。意味がわかりませんw
この本は、悲劇の主人公マイケルが結婚前のスタグナイトで気の置けない仲間達に仕掛けられたイタズラで大変な目に遭うところから始まります。仲間達が仕掛けたやんちゃなイタズラ、それは空気穴を開けた棺おけに彼を入れて生き埋めにしてやれ!というもの。どう考えても度が過ぎるイタズラですが、そこは英国。何でも許されちゃうのです(本当か?w)
ところが生き埋めにされてパニクっているマイケルをよそに、後で掘り起こしに来るはずの友達たちが交通事故に遭ってしまって全員死亡するという大惨事が起きてしまいます。マイケルは当然それを知りません。いつまで経っても助けに来てくれない仲間に苛立ち、結婚式を数日後に控え花嫁のアシュリーを思い、途方に暮れます。そしてその背後で蠢くきな臭い人間模様が徐々に明らかになっていきます。
ここで孤軍奮闘するのが、警視グレイス。数年前妻が失踪してからは金魚に名前をつけて孤独を癒す日々を過ごすちょっとオカルト好きのおっさん。この人がなかなか味があっていい。ちょっとオカルトを頼りすぎ?のきらいはありますが、直感はすごい。華麗に事件を解決していくタイプではなさそうですが、その不器用さに逆に好感を持ちました。
人間関係が二転三転するうちに何だかちょっと人間不信になっていきますが、物語の真髄に触れるとただただ唸るしかありません。人間って恐ろしい。つくづくそう思いました。
グレイス警視の活躍が読者の目に留まったのか否か、彼を主人公にした物語はシリーズ化され、本国では第3作まで出版されているそうです。翻訳版は第2作まで出ている模様。ものすごい面白かった!までは至っていませんが、グレイス警視のその後は何だか気になるので続きを読んでみたいなと思っているところです。
posted by 神無月ヱイト at 14:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 和書

2009-05-09

ハリーとトント 観ました。

昔々ガキンチョだった頃に一度観たという記憶はあっても内容の記憶はほとんどなく、だからもう一度観たい映画というのは多々ある。しかしDVD化されておらず観たくても観られないという映画も仰山ある。そういう映画に限ってゼヒ手元に置いておきたいという名作が多い気がする。所有欲をそそる映画というのもヘンな話。その中の1つ、老人とにゃんこが連れ添い子供たちを訪ね歩く「ハリーとトント [DVD]」がようやくDVD化された。長らく待たされたという映画ファンも多いだろう。届いてすぐ、かなりヨッパな状態で鑑賞。何か超懐かしい、それだけで胸がほんわり温かくなった。



60年代から70年代の米国映画は古き良き時代感が漂う。現在の緻密に構成されまくった映画もいいかもしれないが、時々やりすぎ感は否めない。あの古い時代のイイ意味でがさつな手作り感が、人の温度を感じさせてくれるから好きだ。それを物足りないと見るか懐かしいと見るかはその人次第。
ヱイトは後者に近い。まだ自分が生まれる前の映画たちなのにとても愛しいと感じる。愛を込めて映画を作っていることが伝わるのかもしれない。ざらついた映像、気の利かないカメラワーク、手探りで映画を作っている感じ、それら全てが人間臭くて好きだ。
原題HARRY AND TONTO、邦題ハリーとトント。このタイトルがこの映画の全てを語り尽くしている。引退し隠居生活をする老人とその愛猫の物語。この一人と一匹の距離感が何とも素晴らしい。馴れ合わずとも支え合い互いに愛情を持って接する、阿吽の呼吸。トントの尻尾がいつもブンブンなのもうなずけるというもの。猫なのに尻尾ブンブン。可愛すぎる。ふにゃふにゃになること請け合い。
偏屈オヤジが猫を連れて子供達を訪ね歩く、ただそれだけの映画なのにその間の出会いはどれも何故か温かく胸にしみる。しかしやっぱり家族との関係は今も昔もどこか滑稽で物悲しい。そしてトントがいる。トントがいてよかったよ。
随所で見られるハリーがトントに一人で延々話しかけるシーンは老人の独り言、戯言であるが、その手法を取ったことで物語がスムースに進んでいたことは確か。老人が猫に向かって話しかけるという日常的なものをこの映画に取り入れた監督は偉かった、と思う。
最後はもうさめざめと泣くしかなく。トント、愛してるよ。
posted by 神無月ヱイト at 11:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | DVD/ビデオ

2009-05-03

ウォーリー 観ました。

普段は絶対に寝ない時間に寝てしまったゴールデンウィーク。
ハッと目が覚めた午前2時半、思いっきり丑三つ時。
さてどうしたものか。と思っていたら。
寝ている間に忌野清志郎さんが58歳で逝ってしまわれたニュースが流れていて…大ショック。でーでー泣いて、だーだー泣いて、悲しくて悲しくて悲しくてまた泣いて。
ぐしゅぐしゅしながら、えええええええいっ!映画観てやる!と観始めた「ウォーリー」でまたぐしゅぐしゅに…



以下、ウォーリーを見ていて何となく思い出したもの。
ファイナルファンタジーIXのビビ。
天空の城ラピュタのロボット兵。
電車男
キス★キス★バン★バンのババ
I am Sam
ちゅらさんの恵文・恵達父子

あら、奇しくも山田孝行くんが2ポイント。何故だ。謎だw

ウォーリーはゴミ収集ロボットです。淡々と日々を過ごしその中に楽しみや喜びを見出し太郎を友に共に生きている。
ウォーリーはひとりぽっちです。一人で人類が残した地球のゴミを片付けています。淡々と“指令”をこなしながら嬉々として生きている。
そしてロボットなのにやたらアナログです。やればできる子なのでしょうが、鈍くさくてダサイ。そこがイイと見るかイライラと見るかは見る人によって印象が変わりそうです。
台詞はギリギリまでそぎ落としているせいかほとんどありません。なのにものすっごい感情が伝わってくる。機械だから表情もないはずなのに、やたらウォーリーの気持ちがわかる。無声映画の多弁っぷりを目撃したような気持ちになり、気が付けばスッゲー!と感銘を受けてました。

ウォーリーの健気さにカワイイーとなっているそこにUFOがやってきます。地球探索ロボット・イヴさんのご登場です。ウォーリーが鈍くさいダメダメロボットであるのに対し、彼女は真逆を行く最新鋭バリバリのキャリアロボット。仕事もキレ味鋭いけれど些細なことですぐキレるウエポンでもあります。しかし一方で聞きしに勝る超ツンデレでした。
そんなできすぎ彼女にほえーっとなってぽーっとなってしまったウォーリーが差し出したのは、仕事の合間に見つけた植物の芽。それが元でウォーリーはイヴさんと共に宇宙空間へ旅立つことになります。待ち受けるのはもーホントどうしようもないほど怠惰なデブまみれの世界。どいつもこいつもぶん殴ってやりたいようなデブ・デブ・百貫デブ。こんな世界に誰がした。

任務を全うしようとしたイヴの前にひょっこり表れたウォーリーを見た時「アンタココで何やってんのよ!?」という意味の「ウォォォォォーリィィィィィーーーーッ!?!?!?」が笑えました。何でアンタはそうやってアタシの手を焼かせるのよ!キィィィィィィーーーーーーーーーーッ!…イヴさんのデジタルな瞳もなかなか感情豊かです。
最新鋭のロボットたちに囲まれたデブワールドの中にもダメロボットは健在で、その子たちがまたいちいちキュート。ダメな子ほどカワイイとはよく言ったモノです。ダメはダメなりにがんばるからそれが伝わってくるのかもしれません。一途ってステキだと素直に思いました。

イヴさんと手を繋ぎたい。そんなウォーリーの純心に心打たれてるようじゃまだまだだなぁと思いつつ、彼のその真心にヤラレタイヴさんも最後に大奮闘します。ウォーリー!ウォーリー!ウォーリー!と泣き叫びながら彼を助けようとする彼女の手腕に思わずガッツポーズ。ダメダメロボットとイケイケロボットの恋物語は成就するのか。いろんな映画を彷彿とさせるシーンの連続と共に、大人から子供までたくさんの人に観て欲しいと素直に思いました。エンドロールも秀逸。絶対最後まで観て欲しいです。

何だか朝っぱらからイイモノ観たなぁ…と心癒されうっかりぐすんと泣きました。しかし相変わらずすっごいなピクサー!アッパレピクサー!バンザイピクサー!
清志郎さんのご冥福を祈りつつ、ウォーリーに幸アレ。
posted by 神無月ヱイト at 05:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | DVD/ビデオ

2009-04-29

俺たちダンクシューター 観ました。

またウィル・フェレルを観てしまった。
観る度に“もういいよ…”と苦笑うのだが、出る度に観てしまう。今日観た「俺たちダンクシューター」は、実は買わないで保留していたのに、先日お友達に「当然買いましたよね?」と確認されて、買ってないよ!と言ったらええええええええええ…と驚かれてしまって少なからずショックを受け、期待に応えて買ってしまって観てしまった。何買ってんだ。何観てんだ。何やってんだ。
しかも、うっかり感動してしまった自分が許せずボーゼンとしている。



毎度思うことだが、ウィル・フェレルという役者(俳優ではなく役者の方がしっくりくるのは何故だ。もうこの際大サービスで職人でもイイよチクショーw)は、真面目に演じてるとは思えない!…が真面目なんだろうなぁということ。何をやってもふざけているようにしか見えない、しかも随所でサボりがちなイメージがつきまとうのは何故だろう。損な立ち回りだが彼の役どころはいつもそれがプラスに動くから本当に不思議だ。こんなに下品なのに!(それも才能なのかも)
彼のその損なのにプラスになる方向を上手く利用し、オバカ満載、なのに何なの何で感動しちゃうの?と上手くまとめてられていたと思う。まんまとその戦略にハマッタ図。そんなの最初からわかっていたはずなのに、わざわざハマリに行く自分もどうかと思うが、もうそれでいいやという気にさせるウィル・フェレルはやっぱりアッパレなのだった。
こんなバスケ選手絶対いたら困る。冗談じゃないと思う。フザケンナ!と思う。思うがしかし…まぁいいや…と許している自分がいる。その時点で何やら催眠術めいたものにかかっているのかもしれない。呆れて物も言えないという術に。
なのに手を叩いて大笑いしているから世話ない。バカ!とか言いながら喜んでいる時点で間違っているような気がしてならない。しかし…わかりやすい展開、絶対そうなるんだよな!というわかりきった展開、そこにウィル・フェレル、もうそれでいいよ!状態である。もういいよそれで!チクショーw
シリーズではないが邦題がすっかりシリーズ化してる“僕たちシリーズ”、とりあえずヱイトの中ではウィル・フェレルが出演しているものに関しては“僕たちシリーズ”と分類することにしようそうしよう。
posted by 神無月ヱイト at 18:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | DVD/ビデオ

2009-04-11

パニック・ルーム 再鑑賞しました。

もういつ見たのかハッキリ覚えていないが、諸事情によってもう一度観ようとひっそり企んでいた映画「パニック・ルーム」を観た。コレ、初見より再見の方が何だかドキドキしますね…先生…w



公開当時、ジョディ・フォスターが数々のオファーを断ってこの映画に専念したということが話題になっていた。しかし映画そのものはそれほど話題にならずといった印象で、どんなものかと興味を持って観た。デヴィッド・フィンチャー監督作品ということもあり、独特の緊張感はサスガだと思ったが、それだけだった感、というのが第一印象。その後あるのはわかっていたがほぼ放置状態だった。
再鑑賞しようと思った理由。

■その1:クリステン・スチュワート
トワイライトでベガを演じるのはパニック・ルームの子役だと聞いてうほーっ!現在の彼女を見ても映画は観ていたのにさっぱり当時の彼女を思い出せず。これは再見しなければと思った次第。
(余談だが、公開後サイトがパワーアップしていて超焦ったw)
また、クリステン・スチュワートは最近観たばかりの「イントゥ・ザ・ワイルド」でも重要な役を演じており、トワイライトの続編も決定しているそうで今後の活躍も期待される1990年生まれの19歳!である。
あー…ベラというよりエドワード…(無視希望w)

■その2:ジャレッド・レト
役者でありミュージシャンであり。
べ、別にカッコイイ!とは思っていない。思っていないが彼がボーカル&ギターその他を務めるロックバンド、30 Seconds to Marsは好きだ。
自分でも何が好きなのか説明が困難なのだが、このバンド好きだなーと思い、今取りかかっているという3rdアルバムを心待ちにしているところである。確認だが、ジャレッド・レト、別にカッコイイ!って感じじゃないよな?…なのに何故気になるのか。とてもとても謎。ついでに30 Seconds to Marsを何故知ったのかも謎。とてもとても謎。もはやミステリーである。
ジャレッド・レトが俳優とミュージシャンという二足の草鞋を履いていると知って、とりあえず手元にある映画をチェックしたところ、「パニック・ルーム」と「17歳のカルテ」を所持していることがわかった。「17歳のカルテ」はいろんな意味で辛い…と思ったので「パニック・ルーム」を選択したヘタレである。
本当にいたよ、ジャレッド・レト!であるw
映画の進行とは関係なく、ホントにいたよ!という意味でパニクったw何故覚えていなかったのだろうと考えた時、やっぱりヱイトの好みアンテナに引っかかっていなかったというやたらおこがましい理由しか思いつかなかった。スミマセンでした。

そういう邪道な理由で再鑑賞した「パニック・ルーム」ではあったが…ナニコレ初見より再見の方が面白いじゃんと。ストーリーは知っているが次の展開を知っているが故の緊張感が新たに芽生えて、予想以上に楽しんでしまった。新ためて映画は1度観たら終わりじゃないのだなぁと思い、その思いを再確認させてくれたことに感謝である。
そして、こうやって過去の作品を発掘するって楽しいなぁと思った次第である。つまり、映画というよりDVDバンザイ!である!ぃゃっほーぃ!
posted by 神無月ヱイト at 19:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | DVD/ビデオ